人材育成コラム
リレーコラム
2025/1/20 (第178回)
国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の調査結果
ITスキル研究フォーラム 理事
東京法令出版 取締役 デジタル事業部長
林 裕司
1.国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)2023の調査結果
IEA(国際教育到達度評価学会)が進めているTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)と呼ばれる算数・数学及び理科の到達度に関する国際的な調査(4年ごとに実施)に、わが国も参加しており、1995年調査から今回の2023年調査の過去8回にわたり実施されています。2023年調査(令和5(2023)年3月に実施)には、日本から小学4年生3,875人(141校)、中学2年生3,905人(133校)が参加し、全体では、小学校58カ国(地域)、中学校44カ国(地域)が参加しています。前回からコンピュータ使用型調査(CBT)が導入され、日本は今回初めてCBTによる実施となりました。各種報道により結果が伝えられていますが、そのほとんどが「全体的に高い水準を維持」と見出しにあります。調査結果の概要は以下になります。
(1)教科調査の平均得点と全体順位
【小学生】
【中学生】
- 算数:平均点が2点下がって591点、順位は前回と同じ5位。
- 理科:7点下がって555点、順位も2つ下げて6位。
- 数学:平均点が1点上がって595点、順位は前回と同じ4位。
- 理科:13点下がって557点で、前回と同じ3位。
(2)質問調査(算数・数学、理科への興味・関心について質問)
- 「数学、理科を勉強すると、日常生活に役立つ」「数学、理科の勉強は楽しい」と考える中学生の割合が増加傾向にある一方、「算数・数学、理科は得意だ」と思う小・中学生の割合が減少。
- 「数学を使うことが含まれる職業につきたい」と答えた中学生は22%で、国際平均より26ポイントも低い。「理科を使うことが含まれる職業につきたい」と答えた中学生も27%にとどまり、国際平均と30ポイント以上の差があった。
(3)CBT調査について
- 前回調査と比較して大きな低下が見られなかったため、文科省では「PBTとCBTの差異は限定的」と見解を示した。
「理数を使う職業に就きたい」と考える中学生が国際平均からこれほどかけ離れているというのは大きな問題点と考えます。理数科目への苦手意識が、進路や職業の選択に影響を及ぼすことが懸念され、この点については文科省も「課題であり、改善を図る必要がある」としています。
2.シンガポール 世界トップの学力
教科調査の順位を見ると、すべての学年・科目でシンガポールが1位となっています。シンガポールの取り組みで特に注目されるところは、「教育テクノロジー(EdTech)の導入を積極的に進め、個別化された学習体験の提供」です。Student Learning Space(SLS)と呼ばれる国家的なオンライン学習プラットフォームを2018年に導入。高度なAI技術を活用し、生徒の学習進度に合わせたコンテンツが提供されています。2022年時点で、全国の学校の98%が利用しており、AIと教師の協力により、生徒一人ひとりに最適化された学習計画を作成、運用されています。シンガポールのこの改革は、まだ始まったばかりで、その効果を評価する段階ではありませんが、日本の学校教育との差について、少々危機感を感じるところもあります。
3.日本の学校教育と生成AI
生成AIの出現、普及と汎用性が学校での夏休み・冬休みの宿題事情を大きく揺さぶり、宿題の定番であった「読書感想文」や「自由研究」に親子で取り組む長期休暇の風物詩が見られなくなっています。
生成AIが普及して初めての長期休暇を迎えた2023年6月に、東京都教育委員会は全都立校に向けて「宿題における生成AI使用への注意」を通達しました。また、文科省も同年7月に初等中等教育段階における生成AIの利用に関するガイドラインを暫定的に策定し公表しました。
世界的な視点や学校現場の実情を直視すると、「もはや間に合わない」という印象を受けます。眼前の子どもたちは、いわば巣立ちのためのトレーニングを欠いたままいきなり社会に送り出される状況にあり、生成AIを利用するにあたって身につけておくべき能力や態度を育む学習が不十分なまま、生成AIの利用・活用のみが先行し独り歩きしている状態であるといえます。AI時代に対応した適切な対策が喫緊の課題です。その対策案は、学校教育に携わるものが策定するのは難しいと考えます。これからの時代にどのような教育が必要なのか、業界団体としてかかわっていくことが必要と考えます。
