人材育成コラム

リレーコラム

2016/03/18 (第72回)

華甲放浪記U

ITスキル研究フォーラム 理事
アイテック 顧問

福嶋 義弘

 3月の上旬、大阪出張があった。少し寄り道をして奈良の東大寺を訪ねた。この時期東大寺では「お水取り」(修二会)が行われている。学生の頃より興味を持ち何度かこの行事を訪れた。

 この行事について東大寺のHPより引用し説明する。
 東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)は、天平勝宝4年(752)、東大寺開山良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が創始。以来、1265回を数える。修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と言う。十一面悔過とは、われわれが日常に犯しているさまざまな過ちを、二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔(さんげ)することを意味する。

 修二会が創始された古代では、それは国家や万民のためになされる宗教行事を意味した。天災や疫病や反乱は国家の病気と考えられ、そうした病気を取り除いて、鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、万民快楽など、人々の幸福を願う行事とされた。

 この法会は、現在では3月1日より2週間にわたって行われているが、もとは旧暦の2月1日から行われていたので、2月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになった。また二月堂の名もこのことに由来している。

 行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)には、「お水取り」といって、若狭井(わかさい)という井戸から観音さまにお供えする「お香水(おこうずい)」を汲み上げる儀式が行われる。また、この行を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、夜毎、大きな松明(たいまつ)に火がともされる。このため「修二会」は「お水取り」・「お松明」とも呼ばれるようになった。

 12月16日(良弁僧正の命日)の朝、翌年の修二会を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる11名の僧侶が発表され、明けて2月20日より別火(べっか)と呼ばれる前行が始まり、3月1日からの本行に備える。そして3月1日から14日まで、二七ヶ日夜(2週間)の間、二月堂において修二会の本行が勤められる。

 20年ぶりの「お松明」である、前回は二月堂の境内に入れず遠くからの見物であった、今回は1時間半前より満を持してお堂に行ったがすでに100名以上が場所取りをしていた。二月堂舞台の下の芝生のエリア(通常は立ち入り禁止)に陣取り開始を待つ。その後観客は増加し開始時には1万人ほどになり境内は人で溢れかえっていた。

 19時に大鐘が撞かれ、それを合図に「お松明」が始まる。11名の練行衆が一人ひとり、二月堂での行のために上堂するための道明かりであるが、「処世界」という役はすでに準備のため上堂しているので必要なく、通常10本の「お松明」があがる。20分程度の時間ではあるが、5〜6メートルの松明が二月堂の舞台に上がり火の粉をまき散らしながら移動すると歓声が上がる。真っ暗な中の炎や火の粉は荘厳な気持ちになる。また、火の粉を浴びると無病息災になると言われている。気がついたら灰だらけであった。

 さて、本堂に入った本行中の練行衆は早朝2時まで厳しい行が期間中続くようである。1265年続く修二会、毎年約1カ月の行が行われる。すべてプロジェクトとして動いている例えば練行衆は僧侶でそれぞれ役職があり、三役や仲間(ちゅうげん)、童子(大人である)と呼ばれる人達がこれを補佐する。プロジェクトを成功させるプロセスが確立しているわけである。新入社員教育で座禅修行を実施している企業があるが、躾だけではなく、このような伝統を守る仕組みを理解することはIT業界でも応用できるのではないだろうか。

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